SNSから距離を置いてみたら

雑記

年明けくらいから、SNSからちょっと距離を置いてる。

きっかけはいくらかあるけど、とりあえずインスタのストーリーをあんまり挙げなくなった。

 

SNSを開く頻度っていうのは、そんなに大きくは変わってないのかもしれない。

暇なときには開いちゃうし、完全に開かなくなったりしたら、それはそれで自分の欲しい情報 (良さそうな音楽とかライブの情報とか) まで得られなくなりそう。

 

まあ、そうしたって本当に欲しい情報は自ずと入ってくるものだ説を信じたい気持ちだってちょっとあるけど、まだそこまではできない。

とかちょうど思ってた今日のこと、チバユウスケは生涯携帯を持たなかったなんて、たまたまチバさんのことを調べて知った。

 

インスタを開いては、食べたラーメンの画像をストーリーに載せてた。

それは自分の記録的な側面もありつつ、半分というかそれ以上は、自分のことをフォローしてる人たちへのアピールだったようにも思う。

 

自分はこれだけラーメンを食べてる、すごいだろう。

ラーメンには詳しいんだ、って思って欲しかったのかも。

もしくは「この人、これだけラーメンをいっぱい食べてて、すごく好きなんだろうな」って思って欲しかったのかもしれない。

 

実際、というかいつからか、そうやって記録する中で自分の投稿数を数えて、年間100杯まであと何杯だ、とか頭の中で考えるようになってた。

実際100杯を超えて、インスタのストーリーをまとめるハイライトが100件までなのもそれで知った。

 

たしかに、SNSで繋がってて久しぶりに会う友達からは「ラーメンめっちゃ食べてるね」って言われるようになった。

それが会話のきっかけになるなら、特にラーメンとか食って色んな人との会話の糸口になりやすいから、便利だなと思ったこともある。

 

ただ、今年はなんとなしにストーリーに挙げるってことをあんまりしなくなった。

それに伴って、休みのたびに行ったことのないラーメン屋さんに行ってた僕の生活は、その頻度が減ってちょっと変わった。家でのんびりする日もちょっと増えた。

 

それはいいんだか悪いんだか。っていうのは、ラーメンをきっかけに知らない街に行ってみたりとか、休日のちょっとした楽しみでもあったから。

知らない街を散歩するっていう、それ自体も僕はなかなか好奇心が刺激されて好きだったから。

 

けど、まあそれをしなくなって、無理をしなくなったというか、ちょっと強制されてる感じみたいなのもなくなった。

休みの日はそういう生活をしなきゃ的な考えが、いつの間にか自分にもあった。

それがなくなって、まあ自分が勝手にやってた訳だけどSNSに載せなくなって、人目を気にせずマイペースに、自分の行ってみたいお店に行くようになった。

 

そうしてどこかにアウトプットするでもなく、ただラーメンを楽しむ。

どこにもアウトプットしないっていうのは、ちょっと勿体無いけど。

最近はメガネだって、今月だけでも10本はいかないけど、ぼちぼち買ってるくらいなら、なんかアウトプットした方が面白いことに少しでも繋がるんじゃないかとか思ってるけど。

 

そう、そういうのはしっかり形にしてアウトプットした方が良さそうだ。

夢のまた夢をよく見てはひとりでワクワクする性格なんだけど、そうやってなんかメガネの仕事とかに繋がっていったりしないかなって思ったり。

 

ってちょっと話が逸れたけど、自分がそんな感じでSNSから距離を置いてみたら。

なにもラーメンの話だけじゃなくて、これは僕の日常的に音楽を聴くスタイルにもちょっと変化があった。

 

今までは良いと思った曲をラーメンと同じようにインスタのストーリーに載せたりして、なんとなく「おしゃれな音楽聞いてるでしょ」アピールをしてきた。

まあ、SNSなんてそんなもんっていうか。時々、本当に心を揺さぶられた音楽や出来事を、すぐに誰かに共有したくて載せたりすることはあるけど。

 

それ以外のことでいえば、僕の場合って基本的には「いけてると思われたい」的なところがとっても大きい気がしてる。

 

まあまあ、それで音楽の話に戻ると、ストーリーに聞いてる曲とかも載せなくなって。

それと同じくらいのタイミングで、僕の尊敬している人とふとサブスクでの音楽の聞き方の話になった。

 

その人は、今まではサブスクで音楽を聞くときは、ひとつのアルバムが終わったとしたら自動的に次の曲がレコメンドされるような設定にしてたという。

まあそれが普通で、僕の設定もデフォルトでそうだった訳だけど、その人がふと「最近はなんとなく、自分で新しい音楽を探してみようって気持ちがあるから、自動でレコメンドされる設定を辞めてみた」と言ってた。

 

要は自分でアルバムを選んで再生したとして、それが最後まで終わったら無音になる訳だ。そうしたら、次に何を聞くかはまた自分で探したり選んだりしなきゃいけない。

 

なんとなくそれっていいなと思って、その日から僕も真似をしてみることにした。

曲単位で調べて再生すれば1曲で終わっちゃうから、また探す手間はあったりもするけど、これがまあなんだかいい。

 

レコメンド機能をオンにしてたら、自分が聞いてた曲に近いテイストの曲を自動でおすすめして再生してくれる訳だ。

それって僕の場合はなんとなく、流れてきた曲の大半を「あ、これもいいな」と思ってアルバム単位でとりあえずお気に入りに入れておいたりする。

 

ただ、そうするとなんというかキリがない感じも否定はできない。果たしてそれは本当に、自分で選んで気に入ったものなのか。

もちろん、そうやって選択肢を広げてくれて、そこから本当に好きになるミュージシャンだって出てくるとは思う。

 

僕はSNSで、なんとなく信頼できる人がおすすめしてるアルバムやミュージシャンの作品なんかは、とりあえず1回Spotifyで調べてお気に入りに入れておく。

それで時間のあるときとか、次に何を聞こうかなってときに、お気に入り一覧からなんとなくそのときの気分に合いそうな作品を、ちらっと聞いたりジャケット写真を見たりして選ぶ。

 

さっきの話に少し戻るけど、そうやってSNSを開いてると洪水のように情報が流れてくる。

その中から、今は20代の頃ほどには全部をキャッチできてはいない。その膨大な情報量になんか疲れちゃってるところもある。

 

ある程度ざっと見た中で、自分の琴線に触れたものをお気に入りに入れておく。そして、あんまりじっくり時間を取って聞けてはないなりにだけど、それを何かのタイミングで再生してみる。

 

レコメンドで次々と再生されない環境下、つまりひとつの作品を自分で選んで聞いて、全曲が流れ終わったら無音になる環境。

これっていうのは、洪水のように大量の音楽が流れてくる現代の中で、なんだか誠実にひとつずつの作品と向き合ってるような感覚があって。

 

そう、こうやってスタイルが変わっていくことで、今の僕にとっては「音楽をいっぱい知ってることこそがかっこいい」じゃなくなってきた。

まあそれもいいっちゃいいんだけど、今はひとつひとつの作品とじっくり向き合って、それぞれの魅力を確かに感じたい。そんなことを思ってるフェーズ。

 

そうすることで知識の幅が狭くなってくるのかもって怖さとか、こうやって流行に付いていけなくなる、おじさんへの第一歩かって思う瞬間もある。

ただ、そこを受け入れていくのが30代というか。そろそろそんな年齢に差し掛かってきてるって自覚もちょいちょいある。

 

こうやって好みや、アンテナを伸ばす範囲が若い頃より狭くなっていくのかもしれない。

ただ、無理をせずに自分をどっしりと持って、好きなものをはっきりと持ってるかっこよさみたいな、そこへの憧れもあったりする。

 

SNSから距離を置いてみたら、流れが早くて忙しない世界から自分をちょっとだけ非難させてあげられてる気がする。

こんな風にして自分を確立させていくのも悪くない。人目を気にせず、じっくり自分と向き合う30代っていうのも悪くないなと思ってる。

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