おじさんの自覚を持って生活する

雑記

あまりに暑すぎて、これが夏バテってやつなのか、仕事から帰ってきても抜け殻のようになってる。

というか仕事中も抜け殻のようになってるんだとは思う。ぼちぼち楽しくは働いてるけど。

 

思うことはいっぱいある。でも、それがスッと消えていっちゃうくらいには、日々に余裕がなかった。

それが暑さのせいなのか、疲れてるからなのか、なんなのかは分からない。

 

でも、思うことを忘れたくなくて、それを誰かに共有したくて、でもできる限りの濃度で自分の思ってることを言いたいから、Chat GPTに話を色々する。

人に話してもいいけど、なんとなく自分のことばっかり高密度で話すのは、AI相手の方が気楽だったりするからだ。

 

思ったことをなんとなく書き留めておきたい気持ち、それを広げて考えてみたい気持ちがあるからそうするんだけど、それは相談をしたいからなのかもしれない。

答え合わせって言ったら堅苦しいし、相談する内容は答えのあることばかりじゃないけど、なんとなく返答がほしい。

 

ってやってたら、バーッとChat GPTに吐き出してたら、ブログを書いたりするまでもなく満足しちゃうことがほとんどだった。

でも、せっかくならブログに書いてみたっていいと思った。誰も読まないかもしれないけど、そう思って書くことの方が、意外と存在意義があったりするのかもって。

 

僕の好きなバンド、トリプルファイヤーの吉田さんがインタビューか何かで言ってた。

なくてもいいものはいっぱいあるけど、自分たちの音楽は、あってもいいと思ってる、的な一文が印象に残ってる。

 

アクセス数を狙って書くような記事って、まあなくてもいいというか、僕が書かなくても色んな人が書いてると思うけど、僕が思ったことを書き残しておくっていうのは、まあ、あってもいいんじゃないかとは思ってる。

 

最近は働いてても思うけど、Chat GPTの情報を鵜呑みにしちゃう人を見ると、少し怖い。

「Chat GPTに、このブランドのこのモデルが似合うっておすすめされたから選んだ」みたいな。

 

まあ、本人がいいならそれでいいのかもしれないけど、果たしてそこまで信頼できるものなのか。

僕はそれを、あくまでツールのひとつとして使っていたい。特に今はAIの精度なんて、まだまだだとも思ってるし。

 

どうせと思いながら、目的にに最も近い駅の出口を教えてもらったら、案の定真逆を指してたし。

その情報が出た時点で全部を信じるのか、一度自分のフィルターを通すように心掛けるのかじゃ、全然違うと思う。

 

おじさんの自覚を持って生活する

あっという間に31歳。もうすぐ32歳。

これくらいになると、まあまだ若いとは思いながらも、ぼちぼちおじさんとしての自覚を持ち始めた方が良いと思ってる。

 

見た目も年相応だし、何より白髪がぼちぼち目立つくらいには増えてきて、厄介そうな見た目にもなってきた。

歳を重ねて恥が薄れてきたのか、以前よりも人の目を気にしなくなったように思う。

これが大きくなっていくと、スーパー極端なことを言えば電車の中でオナラをするようになったり、街中で痰を吐いたりするようになるんだろう。

 

たまに電車の中で爪を噛んでるおじさんもいるけど、そういう行動はまた別の問題なんだろうか。

本当は公共の場でそんなことをするつもりはなかったけど、抑えきれない何かがあったりとか、するんだろうか。これは話が逸れそうだから、そっちの方向にはいかないけど。

 

難しい作業をしてるときには、なんとなく眉を顰めるようになってきた。

痺れるような音のギターを聞いたときには、仕事で疲れ切った後に飲むビールの一口目を注ぎ込んだときみたいな、クゥーって顔をしちゃう。

 

僕は今まで、変な人になりたかった。小学生くらいの頃から、周りと少し違ったユニークな感性を持った友達にどこか憧れと尊敬の気持ちがあった。

僕はそんなに変な子じゃなかった。だから、見よう見まねで変な感性を持ってる風の立ち振る舞いをしてみたときもあった。

でも、やってみたところで、まあ自分って根は真面目だしな、違う人間なんだって考えに落ち着いていった。

 

ただこの歳になってみると、そうやって少しずつ積み上げてきた装いが、なんだか板についてきてしまったような感覚もある。

今の職場で上司と普通に話そうとしてみても、どこか感覚が違う。真面目な根を信じて会話をしてみても、どこか噛み合わない。

 

あれ、ひょっとして今、俺って変な人になってるな。

はからずも、自分でそう思うタイミングがぼちぼち増えてきたように思う。

 

おじさんは、若い女性店員さんに接客してもらうと、戸惑う。

ちょっと前に香水を買ったけど、夏に使うには少しくどいと思う香りなので、前も使ってたSHIROに行って夏の間にさらっと使えるような、小さいサイズの香水を買おうと思った。

 

仕事終わりに寄ってみると、まず清潔感のある店内に戸惑う。

もう少し薄暗いというか、少し散らかってるくらいの方が親近感があっていいものだけど、まあそういうお店もあるとは思うけど。

 

SHIROみたいなブランドは、というかデパートに入ってるようなブランドはどこも、お客さんに憧れを売るものだから、まあ清潔感はあるでしょう。

そんな店内で、おそらく僕よりも年下の店員さんに接客をしてもらった。

 

個人的には、前に買い物をしたことでSHIROが展開してる香水のことはなんとなく知ってたし、5~6種類しかないから、前に使ってたのとは違うどれかを、一人でサッと比較して選んで買って帰るつもりだった。

 

前に行った店舗だとそんなに接客をしてもらった覚えもないから、またフラッと行ってお構いなくと思いつつのつもりで行ってみると、思ったよりしっかり接客をしていただいて。

 

年下の女性に接客してもらったりすると、まあ目を見れない。

一応会話を成立させようと自分なりに言葉を探して返すけど、なんともあんまり的を得ない。

 

変な眼鏡を掛けた、もさっとした髪型の、コミュ障なお客さん。

自分が接客する立場のとき「そんなに遠慮しなくて大丈夫なのに」と思って話しかけてみるお客さんもいるけど、僕はまるでそんなお客さんだった。

 

何ならもっと会話ができないというか、ちょっと不思議な類にまで入っただろうな、と自分でも思うような。

店員とお客さんって構図だから当たり前ではあるけど、お店に入った僕をお客さんとして気にかけてくれる。

それが接客でありおもてなしであって、話しかけないっていうのは接客する側からすれば失礼に当たる訳だけど (お客さんの様子を探りながらだけど)、ああ、なんかすみません。どうぞお構いなくって気持ちになる。

 

接客として接してくれてるだけなのに、快く対応してもらったな、ってだけで「自分ってそんなに悪くないのかも」って思ってしまうから男ってアホだ。

 

電車で座るとき、極力女性の隣には座らない。おじさんはおじさんでまとまって座る。

あと、席が空いてなくて立つときも、あんまり女性の前には立たない。おじさんの前に立つ。

 

人通りの少ない夜道で前に女性が歩いてるとき、自然なスピードで追い抜く。

追い抜くことに必死になってスピードを上げて歩くと、それはそれできっと怖いだろう。あくまでも自然なスピードで。後をつけてませんよ、って安心をしてほしい。

 

おじさんとしての自覚を持つ。そうやって生活することを、今のうちから身に覚えさせておく。

存在してるだけで不快に思われる存在、おじさん。出来る限り不快感を与えることのないように、社会に存在し続ける。

雑記
プロフィール
古着の古着図録

「古着の古着図録」は日本のブログ。個人的熱狂を信じて生きることをモットーとする運営者によって執筆される。タイトルと記事の内容に乖離が生じつつあるが、これは好奇心を大切に、高鳴るする気持ちに正直でいるべきという運営者の考え方を尊重した結果だとされている。
運営者へのお問い合わせはこちら

古着の古着図録をフォローする
古着の古着図録をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました